東京の新宿2丁目界隈は、ゲイ・バーをはじめゲイが多く集まるため、ゲイのメッカとして広く知られています。

ゲイのメッカ「新宿2丁目」とは?

古くからの花街としての歴史

そもそも新宿2丁目がゲイの聖地的な存在となった理由は、江戸時代に端を発するようです。古くは甲州街道から西へのルート上に位置する宿場町として機能がありました。宿があるところには、当然飲み屋などの飲食店や遊郭なども集まりやすくなります。その名残で1960年代ごろまで花街として栄えた歴史があります。

1957年に施行された「売春防止法」によって娼婦や遊女が集まる花街としての性格は随分と変貌を遂げることになったわけですが、過去の歴史的な経緯もあって大人の交際場として発展してきました。

それまでは、公認で売春が行われていた地域を指す赤線地帯として風俗営業法の許可を受け、カフェーの形態で存続していました。

その後先の法律により赤線地帯としての歴史を閉じたあとも、安宿やゲイ・バーなどの飲食店、ヌードスタジオ、トルコ風呂などの形で街は変貌を続け、今日のようなゲイ・タウンとして発展するに至りました。

現在では、世界でも有数のゲイの街として日本だけでなく海外にも広く知られた地域となっています。

現在の新宿2丁目のあり様

新宿通りと靖国通りをつなぐ仲通りがメインストリートであり、その界隈には大小併せて500店舗以上のゲイ・バーや、男性同士が体の関係を持つ際に利用するグッズショップ、ゲイやレズなど同性愛カップルが利用するホテルなどがあります。

世界有数のゲイ・タウンではあるものの、日本の社会において日常生活を営む上でゲイを公言することは大変勇気がいるとともに、社会生活を犠牲にするリスクがかなり大きいのが実情です。

そのため、ゲイの多くは普段はカミングアウトすることなくゲイであること隠しながら生活を送る人が多いとされています。そういった男性にとって新宿2丁目は唯一ゲイである自分の本性を素直に曝け出すことができる癒しの街としての性格も強く持ちあわせています。

ここ10数年程度、異性愛者の女性の間でもゲイ・バーの人気が出てきました。雑誌などのメディアでも取り上げられることが多いことで観光地的なスポットとしての性質も帯びるようになってきましたが、それは元来この地域に居つきゲイ同士の社交を楽しんできた人たちにとっては必ずしも好ましいこととは言えない側面があることを知っておきましょう。

異性愛者とは異なり、ゲイである彼等にとっては数少ない出会いの機会を提供してくれる街であり、異性愛者の人たちがその妨げとなることもあるということを知っておいてください。

したがって、興味本位で気軽に遊びに行く街として捉えられるとゲイが出会いのきっかけを失うことにつながるので止めておいてもらいたいところです。

そうした現代的な事情もあって、出会いがないゲイの一部には、出会い系サイトへと活動の場を移す人も出てきたのです。